俺様回想録-乙女編-

思えば、私は幼少期、相当な乙女だった
保育園の年中くらいの話だが、私はセーラームーンに憧れ、ディズニーのシンデレラや白雪姫などのお姫様系アニメ映画を崇拝し、同世代が「絵が怖い」と擲ったやたらとオリエンタルな絵柄の絵本を好んで読み、そのくせ殺人もののドラマはおろか特撮ものの戦闘シーンにすら怯えるような子供だった
それでも、悪役に拐われた女の子が柱に縛り付けられているのをヒーローが助け出す姿に心躍り、ピーターパンのクライマックスシーンなどが相当にツボに入り、いつしか王子様やヒーローに恋焦がれる脳内お姫様に成り果てていた

お姫様なのだから、当然私にも王子様がいなくてはならない
クラスで一番顔が良い(気がした)カズヒコくんという男の子に目をつけ、勝手に脳内王子様に仕立て上げ、脳内でのみ「カズヒコ様」と呼び、ごっこ遊びに「カズヒコ様」が加われば、必ず、積極的に且つ控えめを装い、ヒロインに立候補し「カズヒコ様」に救ってもらっては一人悦に入っていた
行事などでは、私がイガラシで彼がイイダカだったのと、お互いに4月生まれだったのに加え、身長もデカい者同士でそれなりに近かったために、しょっちゅう隣で歌を歌ったり踊りを踊ったりすることになり、その度に「カズヒコ様、素敵ですわ…」等と発言していた
もちろん脳内で

しかし、それも小学校入学と同時に終焉を迎える
カズヒコくんはバリバリのスポーツ少年であり、他人との交流も大得意な所謂人気者タイプだったのだ
その頃の私といえば脳内妄想よりももっと面白い世界が活字の中や絵画の中にあることに気付き、平日は図書室に入り浸り、休日は母親に頼んで図書館へ通い、片っ端から児童向け蔵書を読み漁る行為に恍惚を感じていた
そうでないときは大抵、りぼんやなかよしやちゃお等の漫画家の真似をした絵を描いていて、「物知りちーちゃん」と呼ばれ、学級新聞や遠足のしおりを書かされ、「読書家なだけあって作文も上手ね」等とおだてられては文章を書かされたりしていた
まるで正反対である
いつしか「カズヒコ様」への興味は消え失せ、むしろ「頭の足りない脳ミソ筋肉野郎」として見るようになり、専らの関心はひたすらに「自分が持ち上げられること」に向かっていた
エゴイスト生誕の瞬間である
王子様なんて要らない、私は天才だ、女王だ、愛されてしかるべきで迫害などされてはならないと思い込み、私の中に確かに存在したはずの乙女やお姫様を、殺した

高学年の頃、初めてライトノベルというものに手を出した
それも、よりによって、あかほりさとるの「MAZE爆熱時空」である
オタクとエロスの幕開けか、と思いきや、ライトノベルの文体にどうしても馴染めず、開花したのは小学生的にはとても刺激的だったエロスだけであった
(でも、ミルちゃんかわいい〜とかソリュード姐さん素敵、とかは思っていた。ある意味危険なガキだったのかも知れない、今にして思えば)

中途半端なエロスを担いだ状態で、中学校へ入学する
ふとしたきっかけから、殺したはずの乙女が復活した
初めての彼氏が出来たのである
自分から惚れた訳ではない
何しろ、私は私に惚れていたので、他人など眼中になかったのだ
しかしその彼氏というのが学年でも有名な最悪のバカだったのだが、惚れた晴れたの経験など皆無に等しい自分は「恋愛」という響きにのみ夢中になり、下駄箱にメモ紙を突っ込んで手紙のやり取りをするというグロテスクな行為に耽っていた
が、中学生に有りがちな噂話と冷やかしという罠にはまって疲れはて、すぐに別れた
しかし、そこから恋愛のときめきに開眼したというわけでもなかった
エスの如く復活した乙女は、ビジュアル系という王子様と出会ってしまったのである
それ以前からペニシリンやらシャズナやら黒夢やらは好きだったが、友人に見せられたPlastic TreeというバンドのPVが、私の感覚に揺さぶりをかけ、プラトゥリ見たさに買った雑誌に載っていたPIERROTというバンドの歌詞に魅了され、Dir en greyサウンドに打ちのめされてしまった
嶽元野ばらの小説の如く親に金をせびり時には掠め、今まで使い道もなく溜め込んだお年玉も全てはたいて原宿へ通い、ゴシックパンクロリーターな服を買い、CDをせっせと集め、気になるバンドがあれば片っ端から手を出していた
訳あって中二の頃から私は学校を憎んでおり、胃が荒れたり毛が抜けたりしたのがきっかけで学校をサボるようになるのだが、その心理状況と服と音楽が、上手い具合にマッチしてしまって、心は完全に「この人私を解ってる、私の心を歌ってる、恋したわ」、つまりノゾミである
当時は筋少知らなかったけど

更に乙女は暴走する
キワモノ系原宿ガール御用達雑誌「ケラ」に載っていた致死量ドーリスという漫画が、近所の本屋に売られていた
乙女は、楠本まきを崇拝するよう私に命じ、私は日がな一日ドーリスのことしか考えられなくなり、何処へ行くにも単行本を連れ歩き、現実からどんどん遠退き作品世界に心酔していった
それ以来、全身がドーリスに侵食され、へヴィーシロップ漬けチェリーの缶詰めとハーゲンダッツばかりを手掴みで食い、効果もわからないくせにネイチャーメイドサプリメントを瓶で買っては大量に飲み、他には水以外何も口にせず、その季節が夏だったせいもあって、結果拒食症である
新学期、給食が本気で食べられず、匂いを嗅ぐだけで吐き気がし、より学校が嫌いになったことを思い出す
しかも運動会の季節である
声も出せず、動けず、自分はもう死ぬんじゃなかろうかと思ったし、死にたいからそれでもいいなとも思っていた
端から見たらどんな気色悪い奴だっただろう
実際本当に幽霊と間違われたりした
まともに食えるようになったのは中三の冬くらいからである

もうそんな思いは二度としたくないが、あの頃と同じくらいの体型と体重に戻れたらなぁと思うことは、ある

ここまで乙女に散々振り回されていたが、高校に入り、アルバイトを始めて、ある男と関わったことにより、そいつに、乙女どころか私自身が完全に殺された
もうこのことは思い出したくもないし、人生の汚点でしかない
60も過ぎたであろう店長に欲情され、11も歳上のロリペド野郎の奴隷にされ、乙女どころではなくなった
19でとうとう世間から隔離されるほどに気が狂い、20で復帰してからは男性不信というより人間不信である
それでも「一般」をこなすことに尽力した結果、まあなんとか「普通」に日々を送れるようになって現在に至る
男が怖いとか、もうほとんど無い
ただし、信用はしていない
過剰なスキンシップとか、死ぬほど嫌いだし
ゲロの臭いがする「アイノコトバ」を囁いて肩に手を回すくらいなら、素直に「ヤりたい」と言ってくれた方が潔い
回りくどい駆け引きも気持ち悪い
真意を誤魔化そうとする姿勢が許せない
男に限らず全てを疑ってかかっている
無駄なときめきも、無いし、要らない
恐らく、今の状態は、乙女を殺してエゴイストが開花した小学生時代に近いだろう
私にとって、乙女とは毒物である
まあアレだ、年齢が年齢だけに、あと人生経験とかで、醒めてきてるっていう感じかも知れないけど

あーあ